朝の海辺で本を読んで気づいたこと。場所を変えるだけで集中力は変わる

朝活・習慣化

朝、まだ誰も起きてない時間に本を開くと、いつもより頭に入ってくる気がする。そんな感覚ない?

子どもが起きたら自分の時間なんてないし、夜は夜で疲れて本を開いても頭に入らない。数ページ読んで気づいたら同じ行を2回読んでる、なんてこともよくある。「読みたい本はあるのに、読める時間がない」ってやつ、めちゃくちゃわかる。積読だけがどんどん増えていく感じ、身に覚えある人多いんじゃないかな。

この記事では、自分が朝の海辺で本を読んで感じた変化と、海が近くになくても真似できる工夫について書いていく。読み終わる頃には「これなら自分にもできそう」って思ってもらえたら嬉しい。

朝の海辺で読書したら、いつもより頭に入ってきた

きっかけ

きっかけは特に大したことじゃなくて、いつもの朝活の流れで「今日はちょっと場所変えてみるか」って思っただけ。普段は家の近くを走ったり本読んだりしてるんだけど、何となく車で海の方まで行ってみた。

家にいると目に入るものが全部「やることリスト」に見えてしまって、落ち着かないなってのはずっと思ってた。本を開いても、視界の端に洗い物が見えると、頭のどこかで「あとでやらなきゃ」って考えてる自分がいる。それが地味にストレスだった。

それなら家事育児が視界に入らない場所まで行けばいいんじゃないか、くらいの軽い気持ちで車を走らせた。朝6時前の道はほとんど誰も走ってなくて、それだけでもなんだか気持ちが軽くなった。信号待ちもほぼないし、対向車も数えるくらい。普段の通勤ラッシュとは全然違う景色に、なんとなく気分が切り替わっていくのがわかった。

行く前は「わざわざ海まで行く意味あるのかな」とも思ってた。近所の公園でもよかったはずだし、その分早く起きなきゃいけない。でも実際に行ってみたら、「わざわざ移動する」ってこと自体が、自分にとってはスイッチを切り替える儀式みたいになってたんだと後で気づいた。

実際にやってみて感じたこと

海沿いに車を停めて、窓を少し開けて本を開いた。それだけなんだけど、これが思ったよりよかった。

波の音がずっと聞こえてて、風もちょっと入ってきて、でも暑すぎない。誰にも話しかけられないし、通知も鳴らない。読んでる本の内容が、いつもよりすっと入ってくる感じがした。

うまく言葉にできないんだけど、「今この時間は完全に自分のものだ」って思えると、それだけで読書に集中できるみたい。家だと「あとで洗濯物畳まなきゃ」とか頭の片隅で考えちゃうけど、海辺の車の中だとそれがない。空が少しずつ明るくなっていくのを横目に、ページをめくる。この時間だけは誰にも呼ばれないし、誰の予定にも自分は組み込まれてない。

本の内容が特別頭に良く入るようになったわけじゃないと思う。ただ、「集中を邪魔するもの」が物理的に周りにない状態を作れたから、いつもより読書に集中できただけなんだと思う。逆に言えば、それくらい普段の生活の中には、無意識に気を取られる要素が多いってことなんだろうな。

行く時間帯は意外と大事

これは実際にやってみて気づいたことなんだけど、時間帯を間違えると全然快適じゃない。7月くらいの時期なら、朝6時前後がちょうどよかった。

早すぎるとまだ暗くて、本を読むにはライトが必要になるし、そもそも海も何も見えなくて雰囲気も半減する。かといって遅すぎると、7時8時にはもう気温がぐんぐん上がってきて、車の窓を開けてても暑くて集中どころじゃなくなる。

朝6時前くらいのタイミングは、空がちょうど明るくなり始めてて本のページもちゃんと見えるし、気温もまだ上がりきってなくて、窓を開けてても風が気持ちいい。この「明るいけど暑くない」時間帯が、体感的には一番長く快適に読める気がする。季節が変われば当然ベストな時間はズレるから、その時々で「今日はこのくらいの時間がちょうどいいな」って感覚で調整するのがいいと思う。

なぜ海辺の朝活は読書に向いているのか

誰にも邪魔されない時間

これが一番大きいと思う。家族が起きてくる前、誰にも用事を頼まれない、誰にも見られてない時間。しかも場所が「家」じゃないから、家事とか育児のタスクが視界に入らない。

物理的に場所を変えるだけで、頭の中も切り替わる。これは家で「今から読書タイムです」って決めるより、ずっと自然にスイッチが入る感じがする。家にいると、どんなに「今は読書の時間」って決めても、視界に入る家事のあれこれが気になって、結局スマホを触ってしまったりする。場所そのものを変えてしまえば、そういう誘惑や気の散り方自体がそもそも起きない。

ちなみに自分は、休日の朝に海に行くことが多い。平日は家で集中できる範囲で読んでる。

波の音が思ったより集中を助けてくれる

無音の方が集中できそうなイメージあるかもしれないけど、実は完全な無音より、波の音みたいな一定のリズムがある方が雑念が入りにくい気がする。静かすぎると逆に自分の考え事が浮かんできちゃうこともあるから。

車の中で窓を少し開けて、波の音だけが聞こえてる状態。これがちょうどいい。単調で予測できるリズムの音って、うるさくなくて、むしろ集中を助けてくれる。カフェの雑音の中の方が作業がはかどるって感覚に近いのかも。

あと、これは完全に自分の感覚だけど、波の音を聞いてると「早く読み終えなきゃ」みたいな焦りが薄まる気がする。時間に追われて読むんじゃなくて、ただその時間に浸ってるだけでいい、っていう感覚。育児中はどうしても「限られた時間で効率よく」って考えがちだから、逆にそういう力の抜け方が新鮮だった。

海辺じゃなくても真似できるポイント

近くに海がなくても再現できる工夫

「そうは言っても近くに海なんてない」って人がほとんどだと思う。自分も毎回海まで行けるわけじゃない。

大事なのは「海」そのものじゃなくて、

①家事育児が視界に入らない場所

②誰にも邪魔されない時間

③一定のリズムの音

3つが揃うことだと思ってる。これって別に海じゃなくても再現できる。

例えば、近くの公園に車を停めて読むとか、川沿いのベンチとか。要は「家じゃない場所」に移動するってことがポイントで、そこに小さな川の音とか、鳥の声とか、何かしらの環境音があれば十分。マンション住まいでベランダしかないって人でも、朝早い時間なら人通りも少ないし、家の中の家事タスクから物理的に一歩離れるだけで感覚は結構変わると思う。

車がなければ、イヤホンで波の音とか雨音の環境音を流しながら、近くの公園のベンチに座るだけでも似た感覚は作れる。今はスマホのアプリでも環境音が簡単に流せるから、そういうのを活用するのもありだと思う。大事なのは「特別な場所」を用意することじゃなくて、「いつもと違う、家事育児から切り離された場所」を見つけること。

もし外に出る余裕すらない朝なら、家の中でも工夫はできる。例えば、いつもと違う部屋で読む、椅子の向きを変えて窓の外を見ながら読む、とかでもいい。要は「いつもの家事育児モードの自分」から意識を切り離せる小さな変化があればいいんだと思う。

ちなみに自分の場合、海が車で10分くらいのところにあるから続けられてる部分もある。もし海のない場所に住んでたら、多分近くの河川敷とかを探してたと思う。要は「今日はここで読むぞ」って決めた場所さえあれば、それが海である必要はまったくない。大事なのは場所の名前じゃなくて、そこで得られる感覚の方だから。

完璧な環境を目指さなくていい。近所の駐車場でも、5分だけでも、それだけで十分「自分の時間」になる。「海に行かなきゃ意味がない」って思ってしまうと逆に続かなくなるから、そこはハードルを下げて、自分が無理なくできる形を探すのが一番大事だと思う。

おわりに

まずは近くの静かな場所から始めてみる

海辺の朝活読書、すごく気に入ってるけど、毎回そこまでできなくていいと思ってる。大事なのは、家事育児から離れた場所で、誰にも邪魔されない数分間を自分に用意すること。

読書時間を長く確保することよりも、「今この時間は自分のものだ」って思える感覚を、少しでも味わえるかどうかの方が大事なんじゃないかなと最近思う。それさえあれば、5分でも10分でも、意外と満足感がある。

近くの公園でも、車の中でも、ベランダでもいい。まずは「いつもと違う場所」で本を開いてみるところから、始めてみてほしい。

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